●echika(耶無) 小詩集

 大村の古いネット仲間の、耶無さんの小詩集です。
 1989~90年、つまり6年ほど前、「えふ・ぽえむ」の1号~2号が
出た頃から、『ダイヤモンド粉砕器』や『G線上の過激なアリス』(何れも
「えふ・ぽえむ」に収録)といった、尖鋭でブラックな、それでいてコミカ
ルな感覚をも併せ持った優れた詩を、彼は書いてきました。
 最近ではMacユーザーとなり、大村の出版の仕事の貴重な助っ人として
も活動しています。…今後の彼の、一層の奮起と活躍を期待します。

                     1996年7月 文責 大村浩一

 なお、耶無さんもホームページを開設しています。良い詩の多い、映像感
覚にも優れたホームページです。リンクを設定していますので、ぜひ見て下
さい。

<収録作品(掲載順)>

『街角の潜水夫』
『街のスフィンクス』
『蛍光灯あたま』
『REN-AI』
『ラジオから生まれた』
『彼女と出会ったのは三月』
『地帯』


   『街角の潜水夫』


 街角の潜水夫
 ひとりぼっちのおっさん
 移動式の心臓と
 エナメル・メッキされた
       エア・ホースを引きずって
 夕暮れの広場から
 彼女の孤独な部屋の窓の外まで
 ヨーヨーのように行き来する

  もし、世界のすべての街が水中にあって
  孤独が夜の表面より冷たく乾いたものなら
  ぼくらはみな雨を見たことのない人間で
  神は雪で人間を構築したのだろう

 銀のローソクの星のネオンを地図にして
 国定公園の隅で、夜を発掘し
 ピンク色の珊瑚礁の底で夏を夢見て
 古代のゲーム・センターの廃墟を通り
 コンクリートの岩場の陰で
 蛸の群れに挨拶をする

    街角の潜水夫はどこにでも潜っていく

 都会の海溝の中から
 彼女の心の深淵まで
 ときどき、息をつくために浮上し
 浮上しては、また潜る

  ぼくらが棲むのは都会の難破船
 鳥の残骸と、灰の十字架
 彼女の夢は海底の劇場
 (そこでは、すべての人々がそれぞれの演技
  の内に死んでいく)

    気をつけて歩いたほうがいい
    海溝はこの街のどこにでも
    ぱっくりと口を開けている

  街角の潜水夫
 いねむりしていた流れ者
 防水式の懐中時計と
 ステンレス製の竪琴を持ち
 鋼鉄のヘルメットと胸板をかぶって
 五番街から
 彼女がむかし夢見た丘まで  ヨーヨーのように行き来する

  もし、世界のすべての街が空中にあって
  希望が昼の表面より明るく乾いたものなら
  ぼくらはみな現実を見たことのない人間で
  神はゴミで人間を構築したのだろう

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     『街のスフィンクス』


    時代の饒舌な四つのスピーカーが
  彼女がこんど買った新車の車輪だ

      彼女はぼくのスフィンクスになるために
       この街にやってきた
   そして、深夜のレンタル・ファッション店のドアをノックし
       いち、に、さんっ……と
 真実にされていたこの現実のスクリーンの嘘を
                      めくって見せた

  ぼくらの時間では機械の幻影が
     踊るマネキン人形の上に きらびやかな翼を投げかけ
   彼らの夢に強制収容された者たちの群れが
         金属製ノイズの夜のカーテンを引きちぎった

     世界ではまた“平和”だ!
   ぼくらは夜明け前の薄闇で心臓を吐きながら踊り
       絡み合った物語をはてしなく語り合いながら、
    左手の指先で幾何学を操っている
 そして、ふと思う。この宇宙の“0”である中心は
                きみの頭なんじゃないかと……

       敬愛するバスター・キートンさん
       こんな世界はどうですか?
       あなたの超絶的迷子疾走とピストン仕掛けの両眼は
       地球の表面に印刷されたダンステリアに、今でも着地できますか

いま、この街は何も問わないスフィンクスたちで満ちている
    だからぼくらはみんな憑かれたように、
   果てしもなく答えばかりを 語り合い、
                テープに録音し、
                黒板にチョークで描き、
 そして、描いては、消す

      けれど、問いのない答えには、重さもない

  そしてぼくらはヘッドフォンの教えで心を満たし
    無人の舗道で水たまりに映った世界を覗き込み
      そこで髪をとかし、安っぽい種類の愛を語り
      それぞれに決められた角度で歩いている

      そこには都会の喧騒より饒舌な静寂が満ちている
      そこには裏通りに消えていった男たちの足跡が
      血のように赤く残っている

       敬愛するバスター・キートンさん
       そこでは、ぼくらはいまでも
       音のない疾走を見ることができるのです

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   『蛍光灯あたま』


 蛍光灯あたま
 の 白い服の女の子
 森のソファで眠り
 夜には泉の話を聞く

 話をする泉は
 いつも泉の起源の話をする
 泉の起源はときどき変化する
 それは、いつも物語られてる物語

 リアリティには
 それにリアリティがあるという他には
 なんの根拠もない
 でも、現実は
 なんの根拠がなくても現実だし

 それいがいの現実なんてないんだ
 女の子はいつも
 語られてない言葉を聞く
 それは女の子が蛍光灯あたまで
 そして、いつも影の中にすわっているから

 言葉の影には別の言葉があり
 話の影には別の話があるように
 森の影にはソファがあって
 いつも女の子がすわっている

 でも、影は光のあたっている面によって
 かんぜんに規定されていて
 森に訪れる夜のように
 小径や樹木の洞からあらわれて
 子供たちの夢の中を動きだしたりしないんだ

 女の子が泣いているのは
 夢の中で青空が
 女の子に向けて話しかけてくるから
 だから、女の子は緑の草原
 の真ん中に立って

 知らない時間を指に刻みはじめている
 だれもが、少年たちは
 知らないうちに歴史を生きはじめてしまう
 いつも遊んでいたい少女は
 心の中に置き去りにされてしまう

 だって少年は風景を見てしまうし
 その中に立っいる自分を見てしまう
 でも、少女と遊んでいたのは
 盲目の森のかがやきの中で

 でも、知らぬまに
 時計に殺される太陽のように
 ノートの文字に削りとられていく
 夢のように
 少女の白い指は
 いつも森の中のソファに戻ってきてしまう

 だからいつも、都会の影の
 小さな部屋には森の絵がかけてあるんだ
 言葉と、その言葉の影にある言葉は
 同じ現実だ

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   『REN-AI』


 ロミオ・Xはバイトで収入を得ながら仲間と共に楽しく生きていたし
 そんな自分の生活にとくに不満をかんじていなかった
 将来の心配なんてしてもしかたなかったし
 セックスの相手にも、それなりに不自由していなかった

 しかし、ある日を境に
 ロミオ・Xは自分には決定的に何かが足りないと気づいた
 それは、彼が別の舞台の上のジュリエット・Yの姿を見たときからだった
 そう。彼は気づいたのだ
 ここには彼自身のジュリエット・Yがいないことに

 なぜジュリエット・Yが必要なのか……と
 仲間の一人がロミオ・Xに質問した
 きみはこの舞台の上でのきみの生活にとくに不満を感じていないはずだし
 ジュリエット・Y以外の女なら、ここにもいる

 ロミオ・Xは少し肩をすくめて
 風の音のような声で微笑ってみせてから
 それがREN-AIというものなのさ……と
 風の音のような声で言った

 ロミオ・Xが仲間からつまはじきにされはじめたのは
 その頃からのことだった
 ロミオ・Xは重要なシーンに登場しなかったり、セリフを間違えたり
 自分の役をきちんとこなさせないようになった
 彼は彼本来の役を逸脱しはじめてしまったのだ

 仲間の一人はロミオ・Xに向かって言った
 ロミオ・X、ロミオ・X……
 もうジュリエット・Yのことは忘れたほうがいい
 きみはこの舞台の上に世界に迷惑をかけているし
 そのうちにここにいられなくなるだろう

 けれど、ロミオ・Xは答えて言った
 友達よ……。しかし、ぼくはもう、ここにいるこことに
 なんの魅力もかんじなくなったのだ
 抽象的な人間の在り様は、具象的な人間の在り様と同じだ
 ぼくという主体は、もうこの舞台の上だけで形成されたものではありえないことに
 ぼくはもう気づいてしまっている

 それならいい。と仲間は言った
 さあ、早くジュリエット・Yのもとに走ってゆけ
 きみがジュリエット・Yの姿を見たときから
 この舞台には亀裂が走ってしまっている
 演劇をこのまま続けるには
 きみに悪人の役という汚名を着せて、この舞台の上で処刑するほかない
 さあ、行くがいい
 きみの処刑は後でぼくたちがセリフで処理しよう

 そしてロミオ・Xは舞台を離れ
 ある抽象的でモラルのない空間へと姿を消して行った
 彼はすべての舞台の客となり、失われた役に対して戸惑っていた
 しかし、彼には悩んでいる暇などなかったし、その必要もなかった
 ロミオ・Xは彼自身のジュリエット・Yめがけて走って行ったのだ

 ある日、ロミオ・Xは車に轢かれて死んだ
 それは悲劇的な要素のまったくない、即物的な死に方だったと別の客は言う
 それは自殺でも事故でもない
 ロミオ・Xはダンプ・カーを彼自身のジュリエット・Yと
 間違えていたのだ

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     『ラジオから生まれた』


   ラジオから生まれてきた
   彼女のこころは
   真空管の月の
   魔法を色を聴いていた

          思い出さないで
          きみとぼくがまだ一緒にいたころを
                 ──あれは風だから

   まだ空を飛べなかった頃のぼくは
   時間ばかりを空き缶に詰め込んで
   まだ生まれてもいない
   窓のことを考えていた

   無限に続く砂場 プールサイドのないプール
   駆け回る時間の足音に
   ぼくらは二人だけ耳をふさいでいた

   世界にいちばん近い場所で
   「わからない」という言葉の響きだけを信じ
   会ったことのない人のことを考え
   ぼくらはふたりとも会ったことのない人の友人であると
   ぼくらは踊った

   砂時計でできた夏の日に
   はるかな道で眠り
   一番大切だった夜を
   車のボンネットにすわって見送り
   見えないものに追いかけられて
   見えないものを追いかけて

   あの時、砂の劇場にいたのは
   きみだったの、それともきみを演じる誰かだったの
   それとも、きみこそがきみを演じている誰かだったの

   まだ未来が見えなかったころのぼくは
   ぼくは怖かった
   ぼくにはぼくのすべきことがあるんじゃないかと

   いつまでも日溜まりのように
   いっしょにいれたらよかったのに
   この町でいちばん高い場所にある映画館のなかで
   そんなことばかりを考えていた

   ラジオから生まれてきた
   彼女のこころは
   真昼の狂ったような光のなかで
   立ち止っていた

   きみは三丁目でみた雪
   果てしなく降り続ける雪

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   『彼女と出会ったのは三月』

 彼女と出会ったのは三月
 不気味な月がのぼる三月

 世界は三月で満ちていて
 三月が眼球の表面で踊り
 炎を吐き
 緑と揺れ
 戦争の三月的な腕が永遠を抱き締めていた/

     夢はいつも時代に弧を描く
     なぜなら、それはいつも
         素晴らしくないことはできないから
     三月には夢がない
     なぜなら、三月には
         未来を見ないでいることができるから

 きみと出会って、ぼくは初めて三月とは何なのかを理解った
 それは真実の幻想、三月の原理
 それは小さな三月、霧のロンドンでめざめた三月

 森の中のガランとした高速道路を
 夜の音と一人で歩きながら
 時間のゲームを彼女と眠り
 川を越えて、街は海辺に着いた

 彼女と出会ったのは三月
 血のような絵を描く三月

 出会ったのは彼女の三月の指
 彼女の心臓を巡る透明な人工衛星
 その公転周期と自転の速度

     彼女の想いは螺旋形をしている
     それはカレンダーの三月的な設計図の下で
     自動筆記されている

 モノローグはいつも鏡に映って、続き
 ぼくは消え、彼女は消え
 ぼくと彼女の関係だけが残る

 空は鋼鉄色だ
     それは三月の夢
 大地は螺旋で満ちている
     それは子供たちの指
 蒼い手のひらの奥深くに沈んでいた
 いま、ここへとむかう入り口は
 たった一度だけ輝いた夢の中で証明された

 そしてぼくらは三月を歩き
 三月はいま孤独が積もる歩道だ/

                   (1991,5,29)

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 『地帯』

 その回転扉は、あまりに速く回転していたから
 無傷のまま通り抜けることは困難だった
 回転扉はかるい材質の鏡でできていて
 回るたびにカラカラと音が鳴った
 それは頭蓋骨の中で悲しみが転がる音に似ていると
 C君は語ったが
 頭蓋骨の中で悲しみが転がる音なんて
 C君はどこで聴いてきたのだろう

 ぼくはいままで顕微鏡で人生を見つめてきたから
 いきなり望遠鏡で覗くようになって
 なんだかわけがわからなくなっているのだと
 C君に告白した
 C君は顕微鏡だろうと望遠鏡だろうと
 レンズを透して眺めていることは同じなのだから、大差はなく
 ともに、ぼくらがレンズマンであることの証明なのだと語ったが
 ぼくらの天文台の上の空には
 雲がかかってきたようだった

 なんだかわけのわからない地帯を
 駱駝に乗って進んでいる隊商のようだと
 三日月の下で静かに語った
 砂丘のような街の上を風が通りすぎ
 ヤマネコのような声が遠くで吠えていた
 そして、ぼくらは水筒の水を飲み
 日除けにしていた雨傘を片手に
 C君は奇妙な踊りを踊ってみせた

 C君がむかし言っていたように
 ぼくらの時代を構築し
 この空間を存在させているゆらぎは
 言葉ではなくて
 四次元時空の天文学的なしゃっくりか
 海辺の砂粒のように無数に蠢いている
 日本円のざわめきなのかもしれない


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